4. おおいぬ座 Canis Major

大犬座 Canis Major

性急 Hastening


 おおいぬ座は、全天で一番明るい星シリウスが煌めく、非常に大きな星座です。
 シリウスというと、冥王星の命名者、野尻抱影(Hohei Nojiri 1885-1977)を思い出します。シリウスについての膨大な情報をその当時、どうやって収集したのかと驚きを禁じ得ないほど、詳しい説明が書かれています。改めて読んでみると、シリウスについてここに書くなら、野尻氏文献から拝借しようと思いました。
 上の画像は、シリウスを中心に太陽系の方向を見た想像図です。シリウスには、肉眼では見えないシリウス B(地球と同じくらいの大きさ)という伴星があり、その 2つの比較を表した図でもあります。シリウスは直径が太陽の 2倍半の大きさで、距離は 8.6光年と地球から近く、あらゆる一等星の光を圧しているとのこと。わし座のアルタイル(上図ではシリウスの上に描かれている)が標準的な一等星の光度ですが、シリウスはその 13倍の光輝を放つそうです。
 おおいぬ座のシサスクのイメージは「性急」。なんと、野尻氏も同じイメージであることを文章から発見しました。
 野尻抱影著「星三百六十五日・冬」より
 師走もふけてきた。(中略)9時ごろ、この冬初めてのシリウスを見た。三つ星から東南へ二十度、まだ地平によどむ濛気(もうき)の中で盛んに瞬いている。いつ見ても性急きらめきの星だが、今夜はヒステリックといいたいほどで、青からたびたび赤に変わる。(中略)シリウスはマイナス 1.6等星という超一等星で、大きな惑星でもない限り、冬夜の大王である。(中略)この大王が現れてくると、オリオンを初め、すべての星が息を潜めて横目づかいで見ているような感じがする。
 更によく読んでみると、「性急」というイメージは、古代から信じられてきた話とも重なっているようです。ギリシャからローマ時代にかけては、シリウスの強い光は太陽と空に並ぶと人間や動植物に熱病や疫病などの禍いを及ぼすと信じられ、「シリウスが昇る時には水が泡立ち、酒造の葡萄酒は揺れ、沼の水はぷくぷく沸く」といわれていたとか。また英国ではシリウスを  Dog Star、三伏の炎暑の候を「犬の日」 Dog Days と呼び、それはこの星が現れる季節が極夏で、犬が発狂することから来ているとあります。
 シサスクのおおいぬ座の音楽は、実は犬っぽい性格があるのですが、シサスクの場合、星座名そのものが音楽に影響することはあまりないはずなので、疑問に思っていました。しかし、野尻氏文献から納得。曲想には犬が発狂するような様子、水も煮立つような炎暑の感じもあります。
 因みに中国ではシリウスのことを「狼星」または「天狼」と呼びます。日本では「青星」や「大星」、エジプトではナイル川の氾濫の時期を予測する星として「ナイル星」または「ソティス(水の上の星)」といって礼拝し、夏至の未明に太陽に先立ってシリウスが昇る日を元日としていたそうです。
(興味深い話は野尻氏文献にまだまだありますので、ご興味ある方は是非、ご一読ください)



 この画像はモンゴルにある天文台 Mingantu Station で撮影されたものです。電波望遠鏡のすぐ上に輝く青白い星がシリウス。シリウスは、その右上に三つ星を抱くオリオン座でオレンジ色に輝くベテルギウスと、左上に白い光を放つこいぬ座のプロキオンとによって「冬の大三角」を形作ることも忘れてはなりません。「冬の大三角」は天の川をまたぐ大きさなのですね。この画像にはそれがあまりにも雄大に写っている上に、「ふたご座流星群」までもが降り注いでいます。立ち上がる天の川をへだてて、オリオンの対岸には、ふたご座の双子の星カストルとポルックスも写っていて、その辺りから流星のシャワーが放射されています。
 シサスクのおおいぬ座は 1分強で終わってしまう曲ですが、前後の曲とは全く印象が異なります。シリウスの伝説を彷彿とさせるようでもあり、星の輝き方も音になっているような気がします。

 最後にもう一つ、野尻氏の文章から引用して終わりたいと思います。シリウスの輝き方についてです。
 野尻抱影著「星空のロマンス」より
 木枯らしや霧の強い晩の青星(=シリウス)は、わけても静心なく煌めく。何をああ慌てているのだろうと思うくらいである。砂漠のアラビア人は、これを「千の色の星」とも言っているそうだが、星自らがプリズムでもあるかのように、見ている間にも、青、白、緑、紫、赤等々に色を変えて、赤くなった刹那など、私はいつも星が裏返しになったという印象を受ける。そして二分三分と見つめていると、自然に胸の鼓動がそのきらめきに引きずられて、息がはずんで来るのである。そんな星は、全天でもこれ一つである。





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