79. おおぐま座 Ursa Major

大熊座  Ursa Major

力強い勇士たち  Powerful Heroes


 北斗七星 Big dipper の柄杓(ひしゃく)の柄の先の方にある渦巻銀河 M101 は 2300万光年にあり、その大きさは巨大で、直径17万光年、天の川銀河の倍ほどもあります。うみへび座にある渦巻銀河 M83 が「南の回転花火銀河」と呼ばれるのに対し、この M101 は「北の回転花火銀河」、あるいは「風車(かざぐるま)銀河」Pinwheel Galaxy と呼ばれています。この銀河については観測と研究が進み、天の川銀河と違って、星生成が銀河の中心部ではなく外縁部で活発であることがわかってきています。


 これは M101 を遠目に見た画像です。周囲にはいくつもの伴銀河があり、重力相互作用のために歪んでいるものもあるようです。画像の右下にある小さな貝殻のような銀河はその一つ、矮小銀河 NGC 5474 です。



 
 シサスクによるおおぐま座の星座図は、北斗七星 Big dipper を中心に描かれています。青線は固有名のあるおおぐま座の恒星です。赤線はNASA画像によってここで紹介することのできる天体です。
 星座図では、ドイツのアマチュア天文家バイエル Johann Bayer(1572-1625)による「バイエル符号」Bayer designation (ギリシャ文字)明るい恒星にふられていますが、おおぐま座の恒星には 24のギリシャ文字すべてが使われています。北斗七星 Big dipper の四角形を形作る 4つの星は、アラビア語に由来する次のような意味を持っています。

α Dnbhe  ドゥベー  熊の背中
β    Merak   メラク         熊の腰
γ    Phecda  フェクダ  熊の太もも
δ    Megrez メグレズ  熊の尾の根元

 これらの意味から、北斗七星 Big dipper の部分は熊のお尻であることがわかります。シサスクの星座図は熊には見えにくいので、いろいろ参考にしながら描いてみました。星の位置はシサスクの星座図から正確に写しています。いかがでしょうか? 

 繋いだ星の中に、シサスクが「23」と記している恒星がありますが、これは「おおぐま座 23番星」23 Ursae Majoris( 23 UMa)のことです。「バイエル符号」の付いていない恒星には、イギリスの天文学者で初代グリニッジ天文台長でもあったフラムスチード John Flamsteed(1646-1718)による「フラムスチード番号」Flamsteed numbers が使われ、数字で表示されます。

 星座図を頭に入れていただいたところで、熊の首・背中→腰→前足→後ろ足という領域の順で、ほかの天体も見ていきましょう。


Messier 81

 1200万光年にある M81 は直径 10万光年の渦巻銀河です。ピンク色の部分は星形成領域です。この銀河の隣には距離も同じくして並ぶ M82 があります。2つの銀河が並ぶ画像を見てみましょう。



Galaxy Wars: M81 and M82 

 右が M81、左が不規則銀河 M82 です。2つとも18世紀のドイツの天文学者ボーデ Johann Elert Bode が発見したことから「ボーデ銀河」とも呼ばれています。2つは10億年もの間、重力のぶつかり合いをしてきました。M82 は横向き(エッジオン銀河)なので、この大きさではわかりにくいですが、すでに形が崩れかけています。
 M81の右下に2つ並んで見える星の下側にぼんやりと光るのは楕円銀河NGC 3077、そして右上に小さく細長く映っているのが非棒状渦巻銀河 NGC 2976 です。
 横向きの M82 の拡大画像も見てみましょう。

 
M82: Galaxy with a Supergalactic Wind 

 不規則銀河 M82 の形が崩れかかけている様子です。「葉巻銀河」Cigar Galaxy とも呼ばれていますが、赤い煙のように見えるのは、吹き出す水素ガスです。



IC 2574: Coddington's Nebula

  IC 2574は 1200万光年にある矮小不規則銀河で、M81、M82 やその周辺と銀河群を形成しています。ピンク色に輝く水素ガスの領域で、激しい星形成が起きています。




 おおぐま座の領域の最も北に位置する NGC 2985は、7000万光年にある渦巻銀河です。直径は 9万5000光年、ひしめき合う星々で密になった渦巻きが特徴的です。



 おおぐま座の柄杓(ひしゃく)dipper の上に浮かぶ NGC 4036 は、7000万光年にあるレンズ状銀河です。直径は 8万光年で、中心部はガスと塵に囲まれて霞んでいます。



 楕円銀河 NGC 3610 は柄杓 dipper の中に位置し、8000万光年の彼方にあります。円盤を持っているという渦巻銀河の特徴も持ち合わせている珍しい楕円銀河です。しかし、楕円銀河はそもそも、円盤を持つ 2つ以上の銀河が合体してできる銀河です。合体の際には円盤などの内部構造のほとんどが破壊されるということですが、この NGC 3610 は年齢がまだ若く、その破壊の初期段階なのではないかと考えられています。

 尾を引く緑がかった彗星パンスターズ PanSTARRS が、おおぐま座 β星メラク Merak の真下にある2つの天体の間をが通り抜けようとしています。その天体とは、棒渦巻銀河 M108(右上) とビー玉のような惑星状星雲 M97 (左下)です。
 M108 は 4600万光年にあり、サーフボード銀河 Surfboard Galaxy の呼び名もあります。中心には太陽の2400万倍と推定される超巨大ブラックホールがあるそうです。
 M97 は12000光年にあり、ふくろう星雲 Owl Nebula とも呼ばれています。フクロウの顔に似ているというのですが、上の画像ではよくわからないので、拡大画像を探してみました。



 なんと 2羽のフクロウを発見!?  左がおおぐま座の M97「ふくろう星雲」、右はうみへび座の PLN 283+25.1,  ESO738-1 、通称「南天のふくろう」とのこと。2つはサイズも類似、直径 は2光年。フクロウの顔の目の辺りに似ているでしょうか。なお、色については望遠鏡のフィルターにより違いが出てしまうようです。




 棒渦巻銀河 M109は、おおぐま座の γ星フェクダ Phecda の側にあります。 M109 までの距離は 6000万光年、直径は12万光年もある大型の棒渦巻銀河です。この画像の左下の方から右上に青みがかった銀河がいくつか 散らばっていますが、これらは M109 の伴銀河 Satellite galaxy です。




 おおぐま座の γ星フェクダ Phecda の下、熊の太ももの辺りに、歪んだ渦巻銀河 NGC 3718 があります。腕がねじれ、中心部を覆い隠すような塵の帯も曲がりくねっています。右端に写っている渦巻銀河 NGC 3729 (シサスクは星座図に記していません)が、NGC 3718 を奇妙な形に変えるような重力干渉をしていると考えられています。これらの銀河は5200万光年にあります。



 これは NASA の人工衛星、チャンドラX線観測衛星によって得られた 5000万光年にある渦巻銀河 NGC 3079 の画像で、中心付近で放射される気泡 Superbubble が写し出されています。気泡の高さは数千光年にも及び、その噴出口には超巨大ブラックホール Supermassive Black Hole があると考えられています。おおぐま座の前足の付け根辺り、υ星の近くにあります。




 この画像の中心に明るく輝く2つの星が並んでいます。QSO 0957+561 として知られる「ツイン・クエーサー」Twin Quasar で、青く見える方を A、もう一つを B としています。シサスクは星座図の υ星の近くを指し示し、「重力レンズ効果」gravitational lensingエストニア語で gravitatsioonilääts)と書き添え、QSO 0957+561 A/B と記しています。
 クエーサーについては以前、シサスクが左手のためのピアノ協奏曲《Quasars〜宇宙の灯台》Op.146 を作曲していることについて触れました(参照:48. ちょうこくぐ座)が、クエーサーへの彼の興味は尽きなかったことでしょう。というのも、クエーサーがどのように生まれたのかについては最大の謎なのです。
 クエーサー Quasar という名前は「星のような電波源」を意味する Quasi-stellar radio source から来ています。現在わかっていることは、クエーサーの中心にモンスター的な質量のブラックホールがあるということです。その質量とは、太陽の何億倍、何十億倍もあるとされ、大きさとしては太陽系全体(直径 90億km!?)にも達すると見られています。
 さて、画像の「ツイン・クエーサー」QSO 0957+561 A/B に話に戻すと、このクエーサーは「ツイン」といっても、実は別々の星ではありません。なんと、二重に見えているだけで一つの天体だというのです。シサスクが「重力レンズ効果」と記した意味がここで判明します。
 二重に見えるというからには、光を曲げることができるような物体が凸レンズのような役割を果たす巨大な重力源があるはずだと予言したのはアインシュタインでした。「ツイン・クエーサー」QSO 0957+561 A/B の重力源は、50億光年にある巨大銀河 YGKOW G1 と判明、史上初めて観測された重力レンズとなりました。
 重力レンズはクエーサーの二重像のような効果を生み出すだけでなく、遠すぎる天体を見ることをも可能にします。「ツイン・クエーサー」QSO 0957+561 A/B は見かけの位置は 91億4900万光年ですが、実際の距離は 138億9000万光年であるとか。 エッ?! 宇宙の推定年齢 138億歳を超えてるけど? 

 慌てて調べましたら、2023年になって、宇宙の年齢は 267億歳かもしれないという新説が浮上していました。 宇宙の謎解明の行方からは目が離せません。



 これは、おおぐま座後ろ足、ψ星の近くにある渦巻銀河 NGC 3938 の部分画像です。6500万光年にある NGC 3938 の盛んに星形成活動が行われている腕の中で、2017年に超新星爆発が起こりました。超新星爆発とは星の一生の最期に起こす爆発現象です。

 その爆発直後の画像です。爆発した巨星は太陽50個分もの質量があり、その燃焼力は強く、太陽よりも高温となって青く輝きました。




The Big Dipper

 シサスクのおおぐま座のイメージは「力強い勇士たち」。

 おおぐま座の領域にある天体は NASA画像に収まっていないものもまだまだあるのですが、ここに挙げた天体だけでも、個性的で力強い勇士たちを彷彿とさせるものばかりだったかと思います。そして、おおぐま座の目印は何と言っても北斗七星 Big dipper であり、その勇姿は確実に北極星へと導きます。北極の星空において、おおぐま座自体がヒーロー的な存在なのです。

 シサスクのおおぐま座の音楽には、こぐま座(北極星)への意識が表れています。冒頭からすぐさま、こぐま座の音楽を思い起こさずにはいられません。おおぐま座の音楽は、前曲のこうま座の最後に左手に現れる重音(ドC - ソG)を引き継ぐように始まりますが、その重音はそもそも、こぐま座を支配する保続音でもありました。(譜例1)

【譜例1】

おおぐま座の冒頭


こぐま座の冒頭



 





 両曲は全体の曲の作りも似通っていて、主音を保続させながら、同じようなパターンを変奏しながら反復し、やがて増幅してクライマックスを迎え、その後は、減衰して終わるというスタイルになっています。クライマックスの部分も比べてみましょう。どちらのクライマックスも、そこから最後までペダルを踏みっぱなしにして、和音の響きを持続させます。(譜例2)

【譜例2】
おおぐま座のクライマックス

  
        






こぐま座のクライマックス
 

 












 おおぐま座の曲ではクライマックスの時点、そして最後(譜例3)でもラ(A)の音が使われています。北極星と繋がる星座の重要なポイントで出現しているラ(A)の音がここにも確かにありました。

【譜例3】








 指定速度はおおぐま座♩=120、こぐま座♩=60 となっているのですが、両曲を弾いてみると、演奏時間がほぼ同じであることがわかりました。こぐま座小節数は、おおぐま座の半分以下と短くなっていますが、ゆっくり演奏することで雄大な音楽となり、こぐま座イメージ「平和」の意味合いも深まります。逆におおぐま座は速いことで、後半に向かって爆発的なエネルギーがより高まります。このことは、柄杓 Dipper の形を持つという2つの星座の共通点をふまえつつ、星座の領域全体を見た時のスケールの大きさ、内容の違いを表しているのかもしれません。個々の星座の特徴を音楽で伝えたいというシサスクのアイデアがこんな工夫にも光ります。


 ところでエストニア人にとってのおおぐま座のイメージは、熊や柄杓 Big dipper ではないようです。シサスクは神話を書き残してくれています。

【北斗七星についてのエストニア民族の神話】
 北斗七星は驚くほど明るく、北極星にとても近く、多くの国では、おおぐま座についての伝説が語られています。しかし、働き者だったエストニアの農民は、その形を熊ではなく、大きな荷車として見ていました。エストニアのヴル(Võr)という民族は北斗七星について次のように語っています。
 むかしむかし、ペードという農夫がいました。ペードは貧しいながらも毎日一生懸命働きました。ある日、大きな牛に重い荷車を引かせていた時のこと。荷車が深い森を通り抜けようとした時、狼がどっと出てきて牛に飛びかかりました。しかし、祖父の代からの定めによれば、仕事中の動物を殺すことは許されていません。天の神は狼に言いました。「お前たちは本来、動物を殺しても構わない。人間を殺すこともできる。しかし、人間と動物が熱心に働いている時には殺してはならないのだ」。その夜ペードと荷車は空に持ち上げられ、悪さをした狼も牛のそばでペードの重い荷車を引くよう命じられました。狼は嫌がって、森へと逃げ出そうとしましたが、牛のそばから逃げられない星になりました。全ては北極星によって先導されるよう、働き者のペードが天に持ち上げられたのです。
                                                                         https://www.folklore.ee/folklore/vol44/kuperjanov.pdf


 働き者の農夫ペードも "力強い勇士" の一人なのかもしれません。人と動物との関わりが星になり、教訓として残される伝説の重みとともに、永遠の星空が代々伝わっていくのですね。
 上の絵の中で、狼の星は何の星かわかりますか? シサスクの星座図にも記されている ζ星ミザール Mizar の伴星アルコル Alkor です。ミザールとアルコルはそれぞれ、78光年と81光年の距離にある二重星です。昔の人は、そんな小さな伴星アルコルまで、じっと観察していたのです。


 エストニア人の絵からは、星の見え方や選び方について、改めて興味が沸いてきます。実は、おおぐま座の繋ぎ方については、問題点が指摘されることがよくあります。「熊の尻尾ってこんなに長かったっけ?」という疑問です。
 なんと、この問題を解決した繋ぎ方をある本の中に見つけました。そこで、シサスクの星座図の星を写した上で、描き直してみました。ψ星を γ星 Phecda とは繋がず、こぼれていた χ星を拾って繋いでいます。ミザールとアルコルは耳になるし、この方がずっと熊らしいと思いませんか? 

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