28. みなみじゅうじ座 Crux

南十字座  Crux

悪夢  Nightmare

The Milky Way Near the Southern Cross 

 みなみじゅうじ座・・・。以前から疑問に思っていました。シサスクのこの星座のイメージがなぜ「悪夢」なのか。

 みなみじゅうじ座は全天で一番小さいにも拘らず、南半球の星空を代表する星座として知られており、北半球に住む者は一度は見てみたいと思う憧れの存在でもあるでしょう。船乗りたちは古くから十字架のその姿を目印とし、航海の安全を祈ってきました。私にはこの星座に悪いイメージなど一つもありませんでした。


 これは以前にもお見せした南半球の星座の位置を表した図の一部ですが、みなみじゅうじ座はむかし、ケンタウルス座の一部だったそうです。

 十字架の縦の棒の先(α星)の延長上に天の南極 South Celestial Pole がありますが、船乗りは実際にこの星座を基に、正南の方向を推測していました。また十字架は日に約4分ずつ規則正しく傾くので、時計として見ていた人もいました。

 十字架の左下に黒いシミのように見えるのは、有名な暗黒星雲コールサック(石炭袋)Coalsackです。この暗黒星雲は、みなみじゅうじ座の背後にあるはずの天の川の星の光を消してしまっています。みなみじゅうじ座の領域には暗黒星雲のほかに「宝石箱」NGC 4755 という壮麗な散開星団もありますが、この 2つの天体については、シサスクの《銀河幻想曲》(「南半球の星空」の挿入曲)にありますので、追って詳しく触れたいと思います。

The Southern Cross in a Southern Sky

 この画像はブラジルのリオデジャネイロで撮影されたものです。みなみじゅうじ座は地平線近くに横たわっています。暗黒星雲「コールサック」の黒雲は、まるで山火事の煙のように天上へさらに巻き上がっているようにも見えます。上の方に飛び火した炎と煙のように見えるのは、りゅうこつ座の星団や星雲です。

 ところでシサスクはケンタウルス座みなみじゅうじ座を紹介するために、興味深いアボリジニ神話を引用しています。その神話によれば、アボリジニたちは、天の王国のかがり火とされていたケンタウルス座の 2つの一等星 αケンタウリと βケンタウリの火が地上に運ばれて火事になったことで、火というものを知ることになったそうです。アボリジニたちは今でも、みなみじゅうじ座を見ると火を想い起こすといいます。

 「悪夢」のイメージは、上の画像を見たことで、この火の話と繋がりました。アボリジニたちはみなみじゅうじ座だけを見ずに、周囲を含め、スケールの大きな観察力と想像力を持って星空を見ているのですね。

 もう一つ、大変驚くことがありました。野尻抱影さんの「南十字座」のお話の最後に「南十字は星を語る私たちに悪夢の後味を残している」(要約)というのまとめの一文があったのです。 詳しくはぜひ野尻抱影著「新 星座巡礼」(あるいは「星空のロマンス」の中にも南十字についての執筆あり)をご覧いただきたく思いますが、みなみじゅうじ座の歴史を辿ると、良い印象ばかりではないこともわかります。


 シサスクのみなみじゅうじ座の音楽は、凄まじい火事のごとし。

 一本の弦がはじかれ(内部奏法)、不吉な物語が始まります。和音はやがて鍵盤のいくつかを平手で打つクラスター奏法に変わり、飛び火のように離れた跳躍、執拗に襲いかかるように繰り返されるリズムと同音連打は、悪夢からなかなか抜けられない苦しさを表しているようです。演奏すること自体も悪夢で、練習は大変辛いです
  曲の終わりでは冒頭部が再現しますが、不吉さは去り、何事もなかったようにみなみじゅうじ座そこに涼しげに佇んでいることを知るでしょう。始まりと終わりで感じ方の変化を実感できます。

 最後にオーストラリアの美しい画像を一つ。
悪夢は過ぎ去りました。

 南半球の天の川、α ケンタウリと β ケンタウリ、みなみじゅうじ座、コールサック、大マゼラン銀河、小マゼラン銀河がはっきりと見えます。右の木の枝の先端に囲まれた明るい星は、エリダヌス座の α星、アケルナル(「河の果て」の意)です。





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