66. いて座 Sagittarius

射手座  Sagittarius

さらなる未来へ  Forward to the Future

The Wide and Deep Lagoon (M8)

  5200光年にある星雲 M8 はいて座の東の部分、天の川の中にあります。暗黒帯が干潟のようにも見えることからラグーン星雲(干潟星雲)と呼ばれています。肉眼でも見えるほど明るい星雲なので、双眼鏡、望遠鏡での観測対象としては人気スポットです。ひときわ輝いている部分には近くの誕生したばかりの散開星団の明るい星が多数、漂っています。




 いて座は88星座の中でメシエ天体を最も多く有しており、その数15個。シサスクはそのうち13個をこの星座図に書き込んでいます。シサスク自筆の上から黄色で色付けした部分は「北斗七星」に対して「南斗六星」と呼ばれることがあり、その周囲には主要なメシエ天体が密集しています。青丸で囲んだ部分の画像がNASAなどに見つかりましたので、これから見ていきましょう。



 花の蕾のような美しいM20 はいて座の方向5000光年にあり、生まれたての星が塵やガスに埋もれています。3本の暗黒帯が横切り、青い反射星雲、赤い輝線星雲、暗黒星雲の3種類の星雲が見られることから「三裂星雲」の名もあります。
 写真左上にある散開星団 M21は M20とほぼ同距離にあります。M21の星は70個ほどで明るい星が少ないようですが、M20を目安に双眼鏡で見つけることができるそうです。


 いて座にあるメシエ天体のうち、この画像のような球状星団は 7個あります。M22はその中でも一番大きく見応えのある球状星団で、1万年光年の距離にあって7万個の星を有し、惑星状星雲やブラックホールも発見されています。理想的な条件下では肉眼でも見えるとあって発見年は1665年にまで遡り、なおかつその時、球状星団の世界初の発見となったのでした。


 現代アートのようなこのいて座領域には次の星雲、星団があります。

中央付近:M17 散光星雲 (オメガ銀河または白鳥星雲)4200光年
中央左:M18 散開星団  4900光年
中央左〜下の方:M24 散開星団  16000光年
左上端:M25 散開星団 1700光年
(右端の明るい星雲はM16 散光星雲でへび座の領域になります)

このうち M24 は天の川でとりわけ星が濃く密集しているところです。若い星は青く見えています。いずれも双眼鏡で見ることができます。



M28(Wikipedia)

 ここからの画像は球状星団ばかり続きます。いて座は球状星団の宝庫なのです。19000光年にあるM28では、1987年に電波を発するパルサーを検出、その後もウエストバージニア州グリーンバンク天文台の望遠鏡で11個検出され、注目されています。近くにあるM22 の3分の1くらいの大きさですが明るい星が多い球状星団です。


M54

 87000光年にある M54 は非常に小さな球状星団で、メシエ天体の中では唯一天の川銀河の外にある「いて座矮小楕円銀河」と呼ばれる天の川銀河の衛星銀河に属しています。しかし将来的には天の川銀河の強い重力がこの衛星銀河をゆっくりと飲み込んでいくだろうと予測されています。



Globular Cluster M55

 2万光年にあるM55は約10万個の星からなる美しい球状星団です。M22に比べると一回り小さいですが、およそ100光年に広がる大きさです。



M69

 天の川銀河に150は存在する球状星団のほとんどが100億歳以上であることがわかっており、これらの星団の組成を調べることは、宇宙における星形成の進化を辿ることに役立っています。23000光年にあるM69は銀河系形成の初期、約130億年前に生まれた非常に古い天体ですが、同じ年齢の他の球状星団に比べ、10倍以上の鉄を含んでいるという珍しい天体であるということで注目されています。


M70

 これまで見てきたM54、M69とほぼ同じ赤緯で並んで位置する M70は、29000光年にあります。M70は通常の球状星団よりも中心部の星の密度が高くなっています。これは「コア崩壊」と呼ばれる現象によるもので、星々が影響し合うのは進化ばかりではないようです。天の川銀河にある約150の球状星団のうち5分の1程度がこうした崩壊を起こしているとのこと。コア崩壊が進むと連星ができる場合があります。


 これでシサスクが記したいて座の13個のメシエ天体をご紹介できました。これらの天体はほとんど天の川にあるので、いて座が指し示す天の川の中心部分も見てみましょう。



 光源を黒い煙が覆っているような左半分が天の川です。画像左上でピンク色の光をひときわ強く放っているのが冒頭に挙げたM8(ラグーン星雲)、その少し上にある小さなピンクの点がM20(三裂星雲)です。そしてラグーン星雲の下の明るい部分が天の川の中心部です。一方、川の右に黒い帯を引きずって逃げ出しているかのように見えるのはさそり座で、オレンジ色に目立つ星は蠍の心臓、アンタレスです。




南半球から天の川を見ると上下が反対になり、さそり座は天の川の左側に、天の川の中心部は川の右側の一番明るい部分になります。これはオーストラリアのウルル(エアーズロック)にそびえ立つ天の川です。



星と惑星の写真図鑑(Ian Ridpath著)p.208-209


シサスクのいて座のイメージは「さらなる未来へ」。

まず、上の星座図の右下にあるぼうえんきょう座をご覧ください。
すでにつる座にて、ぼうえんきょう座からうお座カシオペヤ座の方向(黄色い矢印中央)を見ていただきました。望遠鏡の角度を変え、今度は天の川(円周に沿って白い雲のように描かれている部分)の方向、つまりいて座の方向(黄色い矢印右)を見ていただきたいのです。そしてそのままぐるっと天の川を上っていくと、途中、はくちょう座とかげ座があり、なんとこちらもカシオペヤ座へと到達します。「さらなる未来」とはカシオペヤ座の方向ではないでしょうか。


 シサスクのいて座の音楽は、一粒の真珠がこぼれ落ちたかのようなみなみのかんむり座の最後の C(ド)が、深淵なる宇宙へと吸い込まれるように始まります。そしてその真珠は怪しげな光を放ち始め、次第に膨張、爆発を繰り返し、無数の星々が誕生・・と、そんな宇宙の営みについての話をこれまで一体、何度してきたことでしょうか。しかし、いて座の領域は他とはスケールが違うのです。天の川銀河の中心部が光り輝く画像を見ていただきましたが、その光の向こうに何があると思いますか?

超大質量ブラックホール「いて座 A*」です。

 ブラックホールといえば、『赤道の星空』の第1曲「ほうおう座」の冒頭に現れた主導動機  A(ラ)- Fis(ファ♯)- C(ド)(譜例1)を覚えていますか? この動機はほうおう座の他にちょうこくぐ座みなみのうお座うお座にも現れました。


【譜例1】「ほうおう座」冒頭








 ここで上の星座図をもう一度ご覧ください。中央の青い点線の三角形は主導動機が現れた4つの星座を繋いでいます。「悟りを得て〜星空の讃歌」というタイトルを与えられたうお座α星が三角形の頂点となっていますが、その頂点はなんとカシオペヤ座 ε星をかすめながら北極星を指し示しているのです。

 再度しつこいようですが、ぼうえんきょう座に戻って今度は過去を覗いてみましょう。黄色い矢印左の方向にもう一つの小さな三角形、みずへび座が見えます。この曲はシサスクが『南半球の星空』の曲として最初に書いたものです。水蛇はアボリジニが最も崇拝する世界の創造神、虹蛇の姿でした。隣り合う鳳凰も伝説の不死鳥です。(あ!もしかして、ほうおう座が「動揺する蝶」のイメージなのは虹蛇の隣だから?)そんなことを思い出しながらそれぞれの作品を見直したところ、驚くべきことに気づきました。みずへび座の冒頭(譜例2)と終結部(譜例3)に主導動機の3つの音 A(ラ)- Fis(ファ♯)- C(ド)が含まれており、なおかつほうおう座の「蝶」の動機に含まれる C(ド)- H(シ)- H(シ)という音型も現れています。主導動機が何を意味しているかについて、これまでいろいろ考察を重ねてきましたが、ついに謎が解けました。シサスクはやはり星座の位置関係を重視し、それを音楽で暗示していたのです。そして驚くべきことがもう一つ、みずへび座の三角形の頂点 α星がうお座α星を指し示し、北極星へと導いています!(星座図のオレンジ線)



【譜例2】「みずへび座」冒頭

【譜例3】「みずへび座」終結部



 さて、いて座の話からいささか脱線したようですが、いて座は『赤道の星空』の終曲ですので、主導動機の謎解きはどうしてもしておく必要がありました。

 ところで、みずへび座のそばにはレチクル座があります。『南半球の星空』の終曲、レチクル座のイメージは「永遠の彼方へ」。その終わりは B(シ♭)- Des(レ♭)-F(ファ)のハーモニーの余韻を残しながら、一点の星の輝きを表す単音 B(シ♭)で終わっていました。いて座の音楽では、クライマックスで B(シ♭)- Des(レ♭)-F(ファ)の暗い和音が轟いたあと、シサスクの「鶯」を象徴するリズム動機(がか座を参照)によって「さらなる未来へ」と導きます。

 譜例4 は終結部です。左手の和音に B(シ♭)、右手の旋律には Ais(ラ♯)を使うという微妙さには鳥肌が立ちます。いて座の方向、天の川のブラックホール「いて座A*」に近づく者はどうなるのでしょうか。 その入り口に B(シ♭)の音が待っているようです。 B(シ♭)D(レ)-F(ファ)への明るい変化は pppp で聴き取りにくいかもしれませんが、聴き逃してはなりません。望遠鏡の倍率もぜひ 1000倍にアップしてください。「さらなる未来」へと吸い込まれる心の準備はできましたか?



【譜例4】「いて座」終結部





2016年1月22日  
トゥルク/フィンランド


「永遠の彼方」と「さらなる未来」、その違いを短調、長調で表したシサスク。

 レチクル座では「魂はもしかしたら暗黒の世界へと吸い込まれ、生まれ変わる準備に入るのではないでしょうか」と書きました。いて座で、生まれ変わる瞬間が B-dur(変ロ長調)の主和音で表されました。

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 『赤道の星空』の連載はこれで終わりです。

 「さらなる未来」は 2つあります。

《銀河巡礼》最終章『北極の星空』Op.160
   第1曲は「カシオペヤ座」から始まります。

②《天の川の心臓部》(『赤道の星空』補完作品)
   天の川のブラックホールへ。次回をお楽しみに。




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