おわりに

おわりに

  88星座についての連載はこれにて完結となります。丸 4年もの年月がかかってしまいましたが、最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

 もう20年以上も前に、偶然、店で手に取ったCDが、エストニアのピアニスト、Lauri Väinmaa 氏の演奏によるシサスクの《北半球の星空》でした。しかし楽譜の入手にはそれから 2年もかかりました。ネット検索中に、エストニア音楽を数多く揃えていた広島のCDショップ、ノルディックサウンドさんを見つけ、問い合わせたところ、店長さんが探し出してくださったのでした。《南半球の星空》の時もまたお願いしましたら、今度は自筆譜のコピーが送られてきて、大変驚き、これは絶対に弾かなければと心震える思いだったことを今でもはっきり覚えています。その後はエストニアのネットショップ edition 49 などにて購入することができるようになりましたが、《赤道の星空》はシサスク本人からできたてほやほやの手書き楽譜がメール添付で送られてきました。彼はその直前(2015年)に初来日を果たしており、《赤道の星空》をすぐに書き始めると約束してくれたのでした。
 連載に何度も掲載したように、彼の星座図もすべて手書きです。手書きの楽譜や星座図からは彼の思いが伝わってきます。全曲を書き上げるのに40年余り、そのページ数は1000ページを軽く超えています。この偉業に改めて尊敬の念を抱き、このような傑作を残してくださったことに心からの感謝を表したいと思います。

 私はシサスクの作品に出会うまで、宇宙のことなど何もわかっていませんでした。彼の作品を演奏するためには天文学の知識が必要と感じ、慌てて天文学入門を読み始めた次第です。でもその後の過程は非常に興味深く楽しいものでした。シサスクが本格的な天体望遠鏡で毎晩何を見ていたのか、宇宙のどんなことに興味を持っているのか・・と考えるようになった頃、演奏も変わっていったと思います。しかし同時に、天文知識のない人にとって、シサスクの楽譜はやや説明不足なのではないかとも感じるようになりました。彼の星座図はかなり専門的なレベルですし、個別にはある程度イメージできても、星座の位置関係、距離感などがわかりませんし、そもそも天の川 Milky Way が何なのかも私は理解できておらず、星座とは星を線でつないだものというだけでなく、空の地図(領域)であることすら知りませんでした。かといって、音楽家が専門外のことまで調べ上げるのには、時間的にも厳しいことでしょう。
 そんなふうに思って始めた連載ですが、途中、わからないことも出てきて、筆が止まることもしばしばでした。でもここまで辿り着くことができたのは、彼の音楽と宇宙が一体となっていて、進めば進むほど曲集全体としての説得力を増していると感じたからです。「かんむり座」の話はとても長くなりましたが、これまでの長い経緯がなければわからなかったこと、結びつかなかったことが多々あり、それを知らなければこの曲をとても軽く見てしまったかもしれないという怖さを感じました。
 しかし、ここまで来て私が不安に思うのは、私が自分の専門外のことに手を出し、余計なことをしたのではないかという点です。自己満足で終われば良いのに、公開することが良いことかどうか。シサスクの音楽が私の宇宙への好奇心を駆り立てたのであって、私にとっては自然な成り行きだったのですが、どこまですればよかったか、自分の判断には心配が残ります。もしかしたら解釈も間違っているかもしれません。今となっては彼に確かめることも出来なくなってしまいました。でも彼は来日時に「天文ガイド」さんの取材に応じ、こんなふうに話していました。「私は星からの音楽を地上の人に伝える、いわば橋渡しのような存在であると思っています。美しい星空がいつまでも見られるよう、街灯を制限したり、空気をきれいに保つように努めること・・それが私の願いです」と。 私の仕事がシサスクの思いを伝える橋渡しになればよいのですが・・。

 私は昨年10月に《北極の星空》の日本初演を行いましたが、その録音をどうするかについては相談を進めているところです。《北極の星空》は Lauri Väinmaa 氏に献呈された作品であり、彼が初レコーディングに臨みたいとおっしゃっていますので、まずは期待してお待ちしたいと思っています。
 ところで《北極の星空》の連載は、音楽についての説明が少々くどい内容になっていますが、この曲集のCDがまだ存在しないということも少し関係しています。ご理解いただけましたら幸いです。また連載の個々の内容は、推敲すれば訂正すべき点もあるかと思います。しばらく置いて、もう少し整理できればとは思っておりますので、見守っていただければ幸甚です。

 今日はシサスクさんの 63回目のお誕生日です。天国の彼が私をこの日に導いてくれたのでしょう。深い感謝を込めて、この連載を贈ります。

 

2023  9 9


吉岡 裕子
Yuko Yoshioka,  Liblikas



2020年9月20日
《赤道の星空》エストニア初演を終えて
(カドリオルグ宮殿)
この日がシサスクと会う最後となりました

左から
ナレーション:Sepo Seeman  
ピアノ:Yuko Yoshioka
作曲:Urmas Sisask



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