55. おおかみ座 Lupus

狼座  Lupus

狼にとっての蝶  A Butterfly for a Wolf

Lupus 3Credit: ESO/R. Colombari)

  これは600光年にある「おおかみ座分子雲」。分子雲とは星間分子雲とも呼ばれ、星と星の間のガスと塵(主に水素分子)が存在する領域のことです。星間分子雲は数十万年から数百万年かけてゆっくり収縮し、新しい恒星や惑星を生み出します。私たちの太陽系も 46億年前にこうした星間分子雲から生まれたと考えられています。この青く輝いている部分は「おおかみ座分子雲」の一角にある「おおかみ座3」 Lubus 3 という星生成領域です。ガスと塵が重力によって圧搾され、幼い星が生まれる過程は、太陽系の誕生を知る手がかりとなるかもしれず、さまざまな分野の研究対象となっています。



 このゴージャスな渦巻銀河 NGC 5643 は おおかみ座の領域、6000万光年にあり、その直径は10万光年もあります。



 これは8800光年にある惑星状星雲 NGC5882 です。おおかみ座のある天の川の奥深くにあります。緑色の星雲の中心にある星は死にゆく星、その表面温度は摂氏7万度という恐るべき高温(因みに太陽の表面温度は5500度)になって明るく輝いています。星が消滅していく過程では、外側にガスと塵の繭ができ、その繭は中央の星からの紫外線を浴びて光るのだそうです。



IC 4406: A Seemingly Square Nebula 

 1900光年にある IC4406は「網膜星雲」 RETINA NEBULA と呼ばれています。これも惑星状星雲なので、中心にある死にゆく星からガスと塵が放出されています。この画像をよく見ると左右対称になっています。両端は暗闇に消えていますが、さらに奥へ広がって巨大なドーナツ状になっていると推測されています。長方形の星雲かと思いきやドーナツ状とは更に驚きです。

 シサスクは自筆の星座図に2つの球状星団を書き込んでいます。NASAのページには見つからなかったのですが、英語のWikipedia にはありました。2つとも豊富な化学物質が存在し、興味深い研究対象となっているようです。


 NGC 5927(Wikipedia)



NGC 5986(Wikipedia)






 おおかみ座の歴史は星座の起源とされる古代メソポタミアに遡り、その形はその後、野獣、狂犬、ライオン、生け贄などに例えられてきました。おおかみ座の名前が与えられたのは13世紀半ばのことです。
 上のシサスクの星座図で、音符のド C のように黒丸に横棒が引いてある星は、連星(双子星)であることを表していて、数えてみるとおおかみ座の領域内に12個あります。おおかみ座は連星が多いことでも知られる星座です。連星とは、2つの恒星がお互いの引力によって周回しているという天体です。Wikipedia に面白い動画を見つけました。「連星の一生」という文字をクリックしていただくと、リンク先にて動画を見られます。どちらの星も最後は爆発してその一生を終え、爆発の後は極限にまで圧縮されたブラックホールから超高密度な天体、中性子星が生まれます。中性子星は巨大原子核であるということがわかっていますが、その内部は長い間、謎に包まれていました。しかし近年の原子核物理学という分野において、その姿の解明は可能になりつつあります。

https://www.youtube.com/watch?v=pDDjEkGjV9U

  
 シサスクのおおかみ座のイメージは「狼にとっての蝶」。

 「狼」座という星座はここにあっても「蝶」座という星座はどういうわけかありません。しかしこれまで、蝶の羽のような左右対称の形をした天体の存在をほうおう座さそり座に見てきました。星雲の場合、蝶の羽の姿は星としての最後の姿です。星生成領域「おおかみ座3」を有するおおかみ座には、星の誕生の前に消えゆく蝶の姿を多数見られるような気がします。
 もし、連星の一生を狼と蝶で例えるとすると、狼は爆発の後に極限にまで圧縮されたブラックホールで、蝶はそこから生まれ出た中性子星ではないでしょうか。宇宙は星々の相互作用によって成り立っていることを狼と蝶が暗示しているようにも思えます。「狼にとっての蝶」というイメージは「蝶(星)あっての狼(宇宙)」と言い換えることもできそうです。
 このように最も古い起源を持つ星座の一つかもしれないおおかみ座は、宇宙の壮大さを改めて実感させてくれる星座なのです。シサスクはおおかみ座の曲を《銀河巡礼〜赤道の星空》全曲中、真ん中の第11曲に置いています。この星座を大切に思っていることの証でもあると思います。




   おおかみ座の楽譜の表紙にはエストニア語による副題 "LIBLIKAS HUNDILE" (狼にとっての蝶)の下に YUKO TAKAHIRO' LE とあり、ここで初めて、蝶は YUKO、狼は TAKAHIRO でもあることが明かされます。星座図の下には YUKO YOSHIOKA にこの曲を献呈すると書かれています。おおかみ座は狼ではなく蝶が弾く曲なのです。なぜでしょう?これは私の推測です。YUKO TAKAHIRO' LE は YUKO to TAKAHIRO とも訳せるのですが、シサスクはこの曲が自分からYUKO へ、YUKO から TAKAHIRO へと繋がっていくことも示したかったのではないでしょうか。 
 シャーマンを自認するシサスクは、YUKO と TAKAHIRO の背後に守護動物を見たなどとも言っていますが、シサスクにとってみれば、我々日本人は宇宙の生き物(?)に例えたくなるような、なんとも不思議な存在なのかもしれません。出会ってなければ彼の初来日はなかったであろうし、このような曲集も生まれていないのです。因みにシサスクが最初に偶然出会った日本人ピアニストは舘野泉さんです。こう言っては失礼ですが、ちょっと不思議な人ばかり?  でも宇宙との繋がりというのは「不思議」から始まるのではないでしょうか。

 シサスクのおおかみ座の音楽は、「蝶(星)」と「狼(宇宙あるいはブラックホール)」のイメージを非常によく表現していると思います。途中、ほうおう座の「蝶のテーマ」がそのまま現れるのですが、前後の音楽との切り替わりは、まるで暗黒の宇宙と煌めく星との対比のようです。「蝶のテーマ」は回転速度を増した音型に変化し、連星の周回を思い起こさせます。宇宙的な表現としては重く深い音色によって、消滅に向かう星々からゆっくりと湧き上がるガスの動き、ハーモニーの変化から悠久の時の流れや形を変え、力を蓄え、爆発へと向かう星々の一生、連鎖のエネルギーなどを感じることができます。





 これは冒頭部分のおおかみ座のテーマです。このテーマはほうおう座の蝶のテーマのように他の曲で再現することはありませんが、練習番号1〜2に見られるリズム動機(下記譜例も参照)は、狼が初めて出現するろくぶんぎ座(陽気な狼)やこのあと続く やぎ座(うぬぼれ狼の曲にも見られ、「狼」を象徴するリズムと考えられます。

譜例



 おおかみ座の音楽の最後の一音の輝きには、爆発の後に残された宝石のような中性子星(蝶)の存在を確かめるような思いがすることでしょう。












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